切り傷旅行記
イスラエルのリゾ−ト(by タクちゃんさん)
イスラエルのリゾ−トでは死海にイエラットが有名です、エイラットは日本で言う湘南のような雰囲気、右にエジプト、左にヨルダンです、エイラットの水族館は正直チャッチかったです、死海のリゾ−トエリアのエンボックでは実際死海に入り自分も浮いてみましたが塩分濃度が濃く群馬県の草津温泉を思い出しました、切り傷がチクチク痛かったです。
死海で浮遊体験(by 早島 潮さん)
平成20年2月24日(日)
死海ではホテルのプライベートビーチで浮遊体験をした
2月だというのに海水は冷たさを感じず貴重な体験が出来た。
上臥の姿勢で浮くのにはコツがいる。うかつにやろうとすると体が回転してしまい顔面が水中に没して苦い水をしたたかに飲むことになる。
標識に図示されているように死海は海抜マイナス390mの水面である。
死海の対岸は世界最古の街イスラエル領のジェリコ。
浮遊体験を済ませて浜辺にちかずくと海底には先の尖った石や岩があり足裏にあたるととても痛い。運が悪いと切り傷が出来てしまう。靴下を着用して海に入ることが安全対策になる。
波打ち際に塩の結晶が小指の爪の半分程の大きさで打ち寄せる波に洗われている。手のひらで一握り掬って持ち帰り、死海訪問の記念とした。
死海で浮遊体験を済ませデザートハイウエイをワデイ・ラムの赤い砂漠まで疾駆した。
砂漠の砂の色が白、茶、赤と変化するのも面白い。燐鉱石を運ぶ列車も目撃した。
【旅行時期】2008/02/24~2008/02/24
【エリア】
その他の都市
【テーマ】
【投稿者】
早島 潮
メルヘンな町で起こるリアルファイト@シャウエン(by フーテンの若さんさん)
リフ山脈の南麓にある小さな町シャウエン。山の斜面に階段状に広がるメディナは、白と青色の壁で統一されていて、まるでおとぎの国に来たかのようなメルヘンな雰囲気を醸し出しているという。
メルズーガの日本人宿ノリコさんから、モロッコへ来たからにはそのシャウエンという町へぜひ寄ってみてと薦められ、夜行のバスを乗り継ぎ、16時間掛けてこの町へ直でやって来たのだった。
グルッと町を一周して歩いてみると、確かに評判通りの町だった。迷路のように入り組んだメディナのなかに、青と白のかわいい家が所狭しと立ち並ぶ。マラケシュやラバトほど騒がしくなく、客引きも少ないため、穏やかに散歩を楽しめる。日本でいう路地裏探検みたいな感じで、歩けば歩くほど楽しい発見の出来る町であった。
この町では、人懐っこい子供たちの姿をよく目にした。僕の顔を見ると「ボンジュ」とか「オラ〜」とか陽気に声を掛けてくれる。他の観光地の場合、それはほとんどお金くれとか、お土産売りと変わってしまうのだが、シャウエンの子供たちは純粋なコミュニケーションで、特に他意はなさそうだった。
少しばかり遊んであげると、僕の後ろをずっとくっ付いて来る。まるでハーメルンの笛吹きみたいに。あんまり遠くまで来るとお家に帰れなくなるよ。チョコを買って、皆で仲良く分けるよう半分渡し、みんなを帰させた。こうした近所の無邪気な子供たちとのコミュニケーションがただひたすら面白い。
その後、中心にあるハマン広場でのんびり休憩していると、若者二人が取っ組み合っている現場に出くわした。よく見ると一人は、ナタのような銅の刃物を持っている。既に一方は首などに切り傷の跡が数箇所あるではないか。無茶苦茶に振り回すものだから、周りの人が止めようにも危なくて間に入れない。切られている相手も反撃し、ヘッドバッドや蹴りで抵抗する。理由は何だかわからないが、両者とも相当怒っていた。切られていた相手が逆に刃物を奪った。お返しに相手を切りつけると思いきや、今度は素手で殴り始めた。いいぞ、やはり刃物はいかん。これでお互いイーブンな条件となった。ここからは両者くんずほぐれず。いいパンチを互いに繰り出し、一進一退の攻防と合いなった。
周りにはどんどん人が集まり、騒ぎは大きくなっていく。すっかり僕は熱くなっていた。人だかりの最前列で「そこだっ」とか「危ない!」などまるでプライドの高田延彦のアホな解説のように日本語で叫び、目の前の戦いに夢中にのめり込んでいた。ところが、一番盛り上がっていたところで、仲介者が割って入り、戦いを中断させてしまう。
「まあまあ冷静なれ」なんて感じで戦いを止めさせ、携帯電話で救急車か警察を呼んでいるようだ。
そこで僕も我に返った。いつの間にやら、空想メルヘンが現実ファイト体験へと変わっていた。喧嘩していた当事者たちをよく見ると、体こそ大きいが、顔にはまだあどけなさが残る。たぶん18か19歳ぐらいだろうか。遊んでいた無邪気な子供たちもあと少し経つと、こんな風に変わってしまうのか。そう思うとちょっともの悲しかった。
旅行者にとっての可愛らしい町並みも、ここに住む彼らにとっては、いつもの日常の町。喧嘩だって当たり前のように起こるのだ。
僕も空想の旅を終え、日本という現実にいつかは帰らなくてはならない身。メルヘンと現実の両方を感じたシャウエンの町の一日だった。
湯煙たなびく牧羊の国、移民の国(by 早島 潮さん)
2月12日オークランドで乗り継ぎクライストチャーチへ到着した。機上から俯瞰すると樹木の生えていない山が多い。山並みの北側と南側では樹木の生え方が違っている。北側で濃度が濃く南側で薄い。これは太陽が北側を通るせいであろうか。南半球だからこその植生である。一瞬焼き畑かと紛うほどに黒く見える箇所がある。これは松や杉などの針葉樹が植林されている場所である。
クライストチャーチでは美しい花の咲き乱れるモナ・ベイル邸を見学してから、次に標準的な市民の実生活を見学するため、郊外にあるフォーリー・キーズ氏夫妻の邸宅を訪問した。紅茶と手作りのお菓子・スコーンを御馳走になった。この家の主人は鍛冶屋さんということであるが、ガーデニングが好きでおよそ300坪ほどもある敷地には二階建ての邸宅と物置や作業小屋、鳥小屋が建っており庭の一部150坪程の所には芝生が植えられていた。芝生は綺麗に手入れされていて雑草一本も生えていないし、周囲を取り囲んで植えられている色々な種類の庭木の手入れもよく行き届き、その下には色とりどりの花が咲き乱れていた。家の壁という壁には花の入ったバスケットが吊るされていて今を盛りと沢山の花が咲いていた。敷地内には5坪程の子供用水泳プールもありこれは手作りであるという。ガイドの説明によればニュージーランド市民の平均的な住まいは120坪位の敷地に三つのベッドとダイニングルーム、リビングルーム、キチン、風呂場、手洗いのある一戸建ての家が1200万円程であるというから、訪問したこの民家は標準以上の住まいということになるのであろうか。
クライストチャーチはカンタベリー協会が1850年にイギリスからの移民船四艘で派遣した800人が入植して開いた町である。そのリーダー達の出身校がオックスフォード大学クライストチャーチカレッジだったことからこの町名が決まった。彼らは故郷を偲んでイギリス風の町作りをしたので、主要な通りにはオックスフォード通りとかケンブリッジ通りとかイギリスそのものの名前がつけられている。
大聖堂はこの町のランドマークともなっており、ゴシック様式の美しいイギリス国教会の教会である。教会を中心とした広場は町の中心になっている。クライストチャーチの中心部には全長2,500mの長方形のルートを走るトラムと称する路面電車が走っており町並みを鑑賞するには恰好の乗り物であり、観光客の人気も高い。我々も翌朝、始発のトラムに乗って一周し町並みを見学した。運転手や車掌ものんびりしていてエイボン川にかかる橋の近くの乗り場では停車中に電車から下りて川の中に鰻がいるかどうかを観察したりしている。乗客達もぞろぞろ降りだして運転手の視線の先を追ってみたりしている。この間約10分、なんとものどかな光景である。
トラムの停車地点で観光ポイントの一つアートセンター横の広場には工芸品や骨董品の青空市場がたっており多くの観光客が掘り出し物を物色していて楽しい場所であるし、周囲に立ち並ぶ歴史的な建物群はイギリス風の景観を呈しており落ちついた雰囲気が漂っている。パステルカラーの店が軒を並べるニューリージェントストリートにはブティックや装飾品店やレストランが立ち並んでいて買い物客で賑わっており、おしゃれな感覚に溢れている。
この市は別名ガーデンシティとも言われる程沢山の美しい公園をもっている。その公園の一つハグレー公園は182ヘクタールもの広大な広さを持ち、東京ドームが38個も入ってしまうほどの大きさで公園の中には18ホールのゴルフ場まで備わっている。来る2月18日からは花フェスティバルが開かれる予定になっており、公園ではその時開かれる彫刻展に出品するために最後の仕上げをしている数多くの芸術家達が熱心に鑿をふるっていた。トラムの通る通りにはその日のための絵がアーティスト達によって思い思いの題材で路面に描かれていた。昼食に日本料理を食べてから次の宿泊地テカポ湖へ向かった。
クライストチャーチの郊外へでると間もなく広大な緑豊かな平野が広がっており、夥しい数の羊が放牧されていてのんびりと草を食んでいた。牛も沢山放牧されており色は黒、茶、黒と白のまだらとさまざまである。馬も放牧されているし意外に思ったのは鹿の群れがやはり放牧されていることであった。鹿も食用に飼われているとのことである。
通り抜けたカンタベリー平野はニュージーランドの穀倉地帯であり、その広さはニュージーランドの平野部分の43%を占めるというが、入植は1864四年に始まり荒蕪地であった所を開墾し、樹木や牧草を植えて今日の緑豊かな平野に変貌したのである。この一帯の農家は牧畜と農業を兼業する混合農家と言われており約三万六千軒あるということである。三時間ほどものどかな田園風景を楽しみながらバスドライブを続けるうちにやがて正面に湖が見えてきだした。
テカポ湖である。この湖は約二万年前の氷河から融けだした水でできた氷河湖である。湖面は碧色に光輝いており、畔には小さな教会も建っている。
昨夜泊まったホテルを朝早く出発してフッカー谷のトレッキングのため、マウントクックビレッジのヘリテージホテルへバスで移動した。このホテルのある村はマウントクックへ登山するための基地になっていて標高は760mである。日本人の若い男性ガイド二人が大きなリュックサックを担いで我々のグループが到着するのを待っていた。生憎雨が降っており、夏とは思えない程の寒さである。この地は国立公園になっていて樹木の伐採や植物の採取は禁止されている。また公園管理者及びガイドとその家族だけしか居住できない定めになっているし新たな建造物の建設も禁止されているそうである。人間が入り込んできて環境が破壊されることを防止するための措置であるという。原生林をそのままの状態に維持するために今では国を挙げて取り組んでいるのである。
小雨がそぼ降る中をバスでホッカーバレーのキャンプ地まで運んで貰い、ここからU字谷の砂利道を登ったり下ったりして、左右にモレーン(氷河で押し流され堆積してできた小高い丘)を見ながら、ミューラー湖の岸辺にフッカーズ氷河の先端が迫っているところまでトレッキングした。往復約二時間の距離であったがマタゴオリと言われるトゲの生えた原生植物やワイルドスパニッシュ等の植物の説明を受けながら、途中フッカー川にかかる吊り橋を恐る恐る渡って目的地まで到達した。
今はマタゴオリやワイルドスパニッシュと呼ばれる原生植物は保護しなければならないほど少なくなっているが、この地へ初めて人間が調査に入った頃には密度濃くマタゴオリが繁っていた。しかし入植した村人達が原生林を伐採して薪にしたため現在のような見る影もない姿になったのだという。
フッカーズ氷河は一見砂利の集積した河原にしか見えない。然し説明されてよく見ると河原の所々に逆三角形の形をした白い割れ込みがあるのが判る。これが氷河の先端であって、白く見えるのが氷なのだ。この地の氷河は長い年月をかけて地下に潜り込み土石を下流に流していくのであるが、地球の温暖化の影響を受けて一部が融けだし、今我々が逆三角形の白い形として観察しているのである。ノルーウェーで見学した氷河の先端は十数mの高さにも及ぶあたかもビルデイングの如き氷の壁であったが、ここでは河砂利の下に僅かに顔を覗かせているだけの氷河であった。同じ氷河と言っても場所が違えばこのように違うものかとの思いで一杯であった。
フッカーズ氷河の見学を終え、再びテカポ湖畔の「羊飼いの教会」まで戻ってくると丁度日本人同志の結婚式が行われており、花嫁が父親に腕を預けてバージンロードを行進しようとしているところであった。
翌朝九時にオークランドのホテルを出発してロトルアへ向かい、途中パームスプリングという場所で羊の毛刈りショーを見学した。ショーは羊の群れを巧く柵の中へ追い込む牧羊犬二種類の実演と羊の毛をバリカンで素早く刈り取る実演が行われた。三八秒で一匹の羊の毛を一本も残さず刈り取り、しかも羊の体に切り傷一つもつけないその手際よさには感心したものである。
ロトルアではテ・ワカレ・ワレア・タンガオ・テ・タウア・アワヒ・アオという舌を噛むような名前の国立公園で間歇泉の噴出する状況を観察した。ここはもともと先住民であるマオリ族の人々が温泉の湧き出る神聖な土地としてその領有を争った所である。今は屈指の観光地として賑わっており、この柵で囲われた公園の中にはマオリ族の装飾を施した神聖な集会所も設置されている。公園の中ではマオリ族の女性が龍舌蘭の葉に似たフラットと呼ばれる植物繊維で民俗衣装を織る実演をしている。この夜は民族舞踊を鑑賞後温泉に入り気分よく盃を重ねたので酔いも廻って快眠を貪った。
翌朝は最後の観光地ワイトモへ長駆バスドライブである。ここでは蠅の仲間であるグロー・ワームが光を発する所を鍾乳洞内で観察した。この虫は昆虫や虫を捕獲して食べる習性があり、獲物をおびきよせるために光を発するのである。このグロー・ワームは学名アラクノエアンパルミノサと呼ばれ通常「土蛍」の名前で知られている。湿気が多くて餌も豊富な、そしてぶら下がることの出来る岩壁があるところに生息している。土蛍は粘液とシルクで空洞のチューブ状の巣を作り、シルクの糸でこれを洞窟の天井に接着する。巣の下には釣り糸の役割を果たすねばねばした粘液でコーティングされた20〜30本の糸がぶら下がっている。これに吸着された虫を捕らえて餌にするのである。
洞窟の中の池にはボートが用意されておりこれに乗って約5分間、真っ暗な中を声をださないようにして就航し、天井に光輝いている土蛍の発光を見学する仕掛けになっているのである。暗闇の中で天井に無数に光輝いている有り様はまさしく幻想的なパノラマの世界であり、星空よりも密度濃く土蛍が瞬きもせず静かに光っている。
このあとニュージーランドでしか見られない夜行性の飛べない鳥キウイが真っ暗な飼育場で飼われているところを見学することもできた。この鳥は光や物音に敏感なため、撮影禁止となっており、明るい所では剥製でしか見ることができない。
平潟港温泉で、地元漁港で水揚げされる海の幸。(by asobininさん)
県内随一を誇る、天然の良港「平潟港」
港の東に「薬師堂」、西に「八幡神社」が向かい合い、波静かな湾に奇岩が映る名勝地だ。
アワビ、ウニが特産で、アンコウ、ヒラメ、タイなども名物。
どの宿もその日に水揚げされた新鮮な磯料理が自慢です。
泉質は、ナトリウム・カルシウム-塩化物泉 63.4度。
効能は、神経痛、筋肉痛、冷え性、胃腸病、皮膚病、婦人病。
近くには、五浦温泉も有る。
五浦温泉は、近代画泊「岡倉天心」や「横山大観」も愛した松と白波が美しい景色を望める、海辺の温泉地。泉質は炭酸水素塩泉で、効能は、切り傷、火傷、皮膚病。漁港が近いので新鮮な魚介料理が味わえる。東京からも車2時間とアクセスが良く、気軽に温泉を楽しめる。五浦温泉の泉質は塩化物泉でリュウマチ、慢性消化器病などに効果あり。
今回、遊び人が宿泊した宿は「魚の宿まるみつ」
素材を生かした恵みの味を、贅沢に戴ける宿。
料理人の想いと、地元「平潟」の味わえる。
刺身の鮮度と色が、違う刺し盛りは最高でした。
魚好きには、お勧めの宿。
又、あんこう鍋発祥の地「平潟」の宿。
いよいよ本場の、新鮮な肝をたっぷりすり潰た、みそ味の「どぶ汁仕立て」あんこう鍋の季節が到来。
濃厚で旨み凝縮な上、ヘルシーなあんこう鍋が楽しめる宿です。
最後は雑炊でしめるのが通。
切り傷に関する質問
赤ちゃんの切り傷
私には1歳7ヶ月の赤ちゃんがいます。人差し指に血が出ない程度の切り傷があるのですが、ばんそうこを貼ったほうがいいのでしょうか?そのままでいいのでしょうか?初めての切り傷なのでよくわかりません。
切り傷ややけどなどの痕・新陳代謝を上げるには?
最近、切り傷ややけどなどの痕が残ってしまい、何ヶ月もそこだけ黒っぽく(大きなしみのように)なってしまいます。傷ややけどをしなければいいのですが、マヌケな主婦なので切り傷、やけどはしょっちゅうです。きっと年齢的なこともあって、新陳代謝が
切り傷の跡は残りますか?
まで見なかったというのも有りますが)10年前の傷が今でも残っているので、その5ミリくらい下に同じような切り傷を作ってしまい、また跡に残るのかと心配しています。今回の傷は1.5センチくらい、深さは前回よりは浅
バリカンでの切り傷について
ずっとシュナカットにしていたプードルを、初めてプードルカットにお願いして顔そりしてもらいました。昨日きずいたのですが、多分バリカンでの切り傷と思われる血交じりのかさぶたが、ほっぺと耳横にあります。これは獣医さんに観てもらったほう
切り傷にアロンアルファを塗る行為。
知り合いの方が指にケガをしました。その人が言うにはケガ(切り傷)をする度、アロンアルファを塗っているのですそれはダメだと言ってもやめません。塗ったことによって酷くなることはないようです。自分がそれで
切り傷関連エントリー
切り傷
最近、手に切り傷が よく出来ます。 手を洗ったりすると 染みて気が付くの。 いつ切ったのか 全然覚えないし 原因も分からない。 不思議やね。 ... 今朝も手首に香水を シュシュって吹いたら 痛みがあって 切り傷発見。。 ん~、どこで切っ ...

切り傷
... 土産 | 記事一覧 | ムートン兄弟 » 2008年12月01日 切り傷 テーマ: ジュニア君のこと 今朝 私が子供達と公園行こうと 私が先に ... 消毒 絆創膏の処置を自宅でして 近所の外科へ 切り傷は浅く テープでとめて もらうだけの処置で済んだけど 兄君も責め ...

いざ切り傷を付けるとなると
いざ切り傷を付けるとなると難しかった (;´Д`) 何か 武装した戦士が戦って、そんなに傷だらけになるものなんだろうか?? 傷難しい がんがるしかないけどね (;´∀`) 絵を描いているうちはまだいいんだけど ...

永田寿康元衆議院議員:福岡・宗像で自殺未遂…手首に切り傷
M日新聞より。 ■ 永田寿康 元衆議院議員:福岡・宗像で自殺未遂…手首に切り傷 偽メール問題で議員辞職した 永田寿康 ・元民主党衆議院議員が、福岡県宗像市で自殺を図っていたことが分かった。 関係者によると ...

嫌な切り傷。
気付かない内に 切り傷 が出来てたりするのは、普段からよくある事なんですが、最近特に仕事中のプチ怪我が多くて困りものです。 手の甲側ならそんなに差し障りないし、日頃の猫様 との戯れで慣れてるので割と平気。 ...
